モノの力を借りることによって、空間はなんとか自らの存在の主張する、あるいは主張しているように見せることが可能となる。そして大事なことは、動作する人間を建築雑誌の写真に載せることはできないにもかかわらず、アートや家具ならば、堂々と写真に撮って雑誌に載せることができるというしきたりである。そのようなモノ達の力を借りることによって、凡庸な建築家はなんとか自分の作った空間を日常的なありきたりの平常心から異化することができる。
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そしてさらにこの方法が有効なのは、この方法を採用することによって、建築家はその目ききとしての能力「舶来文化の窓口」としての役割を、いかんなく発揮することができるのである。そして大方のクライアントが建築家に要求しているのは、実はこの方法であり、この「窓口」としての役割なのである。彼らクライアントにとって、空間が存在を主張するかどうかなどは、実はどうでもいいことなのである。彼らが望んでいるのは、アートや家具の選択に際して、正しく適切な助言と情報を与えてくれる建築家である。建築家という知的ブランドはひとまず手に入れたのだから、あとはアートや家具という別種の知的ブランドで空間の中身を埋めていこうと彼らは考える。クライアントが望んでいるのは、そのような知的ブランド商品がはえるような空間であり、それらの商品の選択に際して適切なアドバイスのできる、デパートの外商のような建築家である。